「比較民俗学会報」第28巻第2号より、高い書評をいただきました。
『梁祝口承伝説集』 を読んで  西脇隆夫
( 名古屋学院大学外国語学部 中国コミニュケーション学科教授)

日本には多くの昔話が伝えられているが、その中でよく知られている「桃太郎」、「サルカニ合戦」、「舌きり雀」、「花咲爺」、「かちかち山」は「五大お伽話」と称されている。同じように、中国でも「白蛇伝」、「孟姜女」、「梁山伯と祝英台」、「牛郎織女」は「四大民間伝説」と称されている。

これら中国の伝説が日本の伝説と異なる点は、さまざまなジャンルの形式で伝えられてきたことである。たとえば、「孟姜女」は、夫の杞梁が長城の建築に服役して死んでしまうが、妻の孟姜女がそのあとを追いかけ自分の血によって夫の骨を見つけるという話しである。この伝説は京劇、川劇、越劇などの芝居の演目として上演され、弾詞、太鼓、宝巻などの語り物によって語られ、各地の民謡の中で歌われ、さらに短編や長編の小説にまとめられて、広く中国の民衆に知られ各地に広がっていた。

「牛郎織女」は七夕の行事と関わって日本でも牽牛織女の話として古くから伝わっている。また、「白蛇伝」も峨眉山で修行した蛇が女性に身を変え薬屋の許仙と出会うが、金山寺の僧法海によって鉢に閉じ込められ雷峰塔の下に封じられる話であるが、江戸時代には上田秋成の「雨月物語」によって翻案化され、現代では映画やアニメによって紹介されて日本でもよく知られている。「梁山伯と祝英台」もやはり悲劇的な結末を迎える男女の愛情をテーマとした物語である。勉強の好きな娘の祝英台が男装して塾で三年間も学ぶが、同室した梁山伯は娘だと気がつかず、英台の実家を訪ねた時にはすでに祝英台は婚姻が決められていたため、梁山伯は病死してしまい、英台は婚家へ行く途中で梁山伯の墓の前を通り、二つに割れた墓の中に身を投じたと語られている。

この伝説は日本ではこれまでほとんど知られることがなかった。村松一弥編『中国の民話』(毎日新聞社一九七二年)の中に「ウシ飼いと織姫」と「孟姜女のはなし」は収められているが、梁祝の話は訳出されていないように、日本で出版された中国民話集の中でも紹介されていないようである。

ようやく今年(二〇〇七年)になって、渡辺明次氏による日本語訳の『梁祝リャンチュウ口承伝説集』(日本僑報社刊)が出版され、この伝説のあらましを日本語によっても知ることができるようになったのである。

この翻訳書のもとになった原書は、周静書編の『梁祝的伝説』(中華書局一九九九年)である。本書に収められた伝説は以下のように分類されている。

異聞伝説(原文では異文伝説)には「彩り鮮やかな二匹の蝶々」(原文は彩蝶双飛)など二二編が収められている。逸話、世に知られていない史実伝説(原文では秩事伝説)には、「英台、月夜にすぐれた対句を吟じる」(原文は英台月夜聯佳句)など十編が収められている。

清廉な役人伝説(原文は清官伝説)には、「食糧倉庫を開け民に穀物を分け与える」など七編が収められている。
古遺跡の伝説(原文では古跡伝説)には、「二人で姿を映した井戸」(原文は双照井)など六編が収められている。
梁祝にまつわる風物百態の伝説(原文では風物伝説)には、風習に残る梁山伯が卵を食べたこと」(原文は梁山伯吃蛋留風俗)など十篇が収められている。

また、付録として歌曲『蝶への化身』(原題は化蝶)と『美しい伝説』(原題は美麗的伝説)、歌謡「水族の掛け歌『梁山伯と祝英台』」(原題は水族双歌「梁山伯与祝英台」)と「梁祝と四季の花」(原題は梁祝十二月花名)が収められている。

なお、訳書には「前書き」として編者周静書の「日本語版『梁祝伝説集』出版に寄せて」および、寧波大学の張正軍教授の「『梁祝口承伝説集』に寄せて」、および「訳者前書き」が載せられ、さらに原書に載せられている徐季子の「前書き」と周静書の「後書き」が訳出されている。

この書には各地に伝わる「梁山伯と祝英台」の伝説について、これまでに発表されている例話の大部分が収められていると思われる。

本書の五五篇の中では、浙江省の伝承が最も多くて二七篇あり、つぎに江蘇省の伝承が七篇見られる。この他に、河北、河南、福建、湖南、広東、四川、広西、貴州、台湾などの各地に伝わる話が収められている。また、朝鮮の例もあり、この書には入れられていないが、おそらくベトナムにも伝わっていることが考えられる。

また、漢民族の伝説であるが、チワン族、プイ族、ミャオ族、ショオ族、スイ族など西南の少数民族のあいだにも伝わっていたことがうかがわれる。それは歌謡や語り物によって広まったものであろう。

本書に収められている話について、どのような基準で選択されたかはわからない。たとえば、賈至、孫剣冰編の『中国民間故事選 第一集』(人民文学出版社 一九五八年)に収められた「梁祝的故事」は載せられていないし、民国時代に刊行された昔話集からも選ばれていないようである。

張正軍教授が、「この故事物語を収集し、口述を聞き取り整理した研究者による若干の編集や修正手入れがあるように感じられ、もともと語った現場の雰囲気がリアルに感じられません」と述べているように、多くの話はその語り口が明らかでないのも、ある時期に中国で公表された民間文学作品の特色を示しているとも言えるであろう。

近年になって各種の故事集成がつぎつぎと刊行されている。実際に話を聞くことから比べれば不十分かも知れないが、伝承の状況をある程度は知ることができるであろう。たとえば、鍾敬文主編『中国民間故事集成 浙江巻』(中国 ISN 中心 一九九七年に収められた「祝英台打賭」、「梁祝結髪」、「三世不団円」、「胡蝶勿採馬蘭花」、「胡蝶墓与胡蝶碑」などいずれも短編であるが、近年までどのように伝えられているかがうかがわれる。

これまで日本では専門家を除いて一般にはよく知られていなかった、中国の代表的な伝説を渡辺明次氏が日本語に訳出して出版された意味はきわめて大きいと言えよう。

まず、原書を省略せずにすべて翻訳したことは、原書の姿をなるべくありのままに伝えることになり、翻訳者としてのあるべき姿勢が示されている。

つぎに、中国語の専門家でないにもかかわらず、伝説や昔話などの民間文学作品の翻訳というかなり困難な仕事に挑戦し、独力で成し遂げたことも高く評価されよう。

ただし、訳書に入れられた挿絵と黒地の表紙は人によって好みが分かれるところであろう。 私が所有する原書は二〇〇一年刊行のテキストであるが、表紙は主人公の二人を描いて明るく挿入されているカラー写真も美しくて、この伝説を知るための貴重な資料となっている。この写真が訳書に生かされなかったのはいささか残念である。日本語版の読者の多くは原書を見る機会がないであろうし、話だけではこの伝説が今なお実にさまざまなかたちで活きていることをリアルに感じられないかもしれないからである。

訳文については、今回すべてを検討することができなかった。張正軍教授が日本語訳の監修が行われたと記されているので、大きな誤訳はないものと思われる。また、張教授は「実に日本語がぴったり当たって流暢でした」と述べているが、原文と訳文を検討すれば、訳文の細かい部分でこなれていないところも見られる。 渡辺氏はこの訳書に先立って、『梁山伯と祝英台』(日本僑報社 二〇〇六年)と『梁山伯祝英台伝説の真実性を追う』(日本僑報社 二〇〇六年)を刊行されている。

前者は、趙清閣の小説を翻訳したものであり、後者は北京外国語大学へ提出された卒業論文をまとめられたものである。この伝説に対する同氏の思いがこれら三冊の著書と訳書として結実したことに敬意を表したい。

渡辺氏の著書『梁山伯祝英台伝説の真実性を追う』は、第一章「『梁祝伝説』愛情故事の起源」、第二章「梁祝学問所、梁祝墳墓、梁山伯廟の実地調査とその考証」、第三章「戯曲(越劇・京劇など)や映画作品における『梁祝故事』のイメージ」、第四章「梁山伯と祝英台の人物分析」および参考文献・付録によって構成されている。

この著書で特に注目すべき点は、第一に各地を訪問してこの伝説の伝承状況を調査したことである。第二に、この伝説について中国の人びとに対してアンケート調査を行ったことである。これらは長期に中国に滞在して熱意をもってやらなければできないことであり、その調査報告は今後も参考に値する貴重な資料になっている。

さらに、この伝説がこれまでシェークスピアの『ロミオとジュリエット」のような愛情物語としてとらえられてきたことに対して、渡辺氏は「歴史上実際に起こった出来事であること」、「この故事は決して単なる愛情故事ではないこと」として、清廉な役人である梁山伯が「命をかけて職務を全うした、人を感動せしめる物語が存在することである」と論じられている。

紙幅の都合で詳しく論じることはできないが、最後の点、すなわち「梁祝故事」が単なる愛情物語でないという主張は今後さらに検討すべき問題である。その際に、以下のような点が考慮されるべきであろう。

まず、この伝説には、「捜神記」に記されている「相思樹」伝説、楽府の「焦仲卿の妻」や敦煌変文にある「韓朋賦」など古代中国における説話の流れという歴史的背景を無視できないことである。

つぎに、主人公の二人がなぜ死後に蝶に化したと語られているかということである。

さらに、中国の各地で、漢民族と少数民族とを問わず、この伝説と同様に愛する男女が悲劇的な結末を迎えて死後にさまざまな物に化したという話が伝えられていること、そしてこのような話(「悲恋転生譚」)が世界各地で伝承されていることを視野に入れる必要があろう。

梁山伯が清廉な役人とするのは、伝説を伝えた民衆の願いの現れととらえるか、あるいは民衆の尊んでいた人物を為政者が体制にとりこんだ結果なのではないかとも考えられる。

いずれにしても、中国の四大民間伝説においては、中心の人物は主人公の女性であり、伝説を支えてきた人びとの思いが彼女たちに託されたきたことを見失ってはならないだろう。

HOME
イベント・講演会・新着情報
NEW
 ・
'12.2月・中国新聞社による
    渡辺明次氏インタビュー

  ・'11.2月・福島市で講演会 
  ・
'08.9月・渡辺明次講演会
  ・
「梁祝文庫」実物到着

  ・比較民俗学会報の書評
  ・
「梁祝の樹」植樹
  ・'07.2月・講演会
梁祝文化研究
第一弾「真実性を追う」の序論
梁祝研究の現状
梁祝ツアーガイド
(みどころ紹介)
日中文化交流情報

連載
民話劇「梁祝」

梁祝文化研究所
(お問い合わせ)
 
   

Copyright (C) 2007 Liang-Zhu All rights reserved